じゃじゃ馬も悍馬も 御しがたし
                〜 砂漠の王と氷の后より

      *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
       勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


今世最強とも謳われる、
我らが覇王カンベエが統治する広大な領地は。
その大部分が沙漠でもあるがため、
視察の行幸にせよ戦さにせよ、移動手段は馬か駱駝。
総勢何千とも何万ともされている、
ただならぬ威勢を誇る兵らや武具は勿論のこと、
天幕から燃料や薬、食料や水からという、
旅の必需品の一切合切を担がせ、隊列を組んでの大移動。
砂の混じった風に撒かれても、
長い睫毛と自分で鼻を蓋してやりすごせ、
重い荷物にも耐えられることから、
いわゆる“隊商
(キャラバン)”が重用するのは駱駝の方であるが、
俊足にての急を知らせる伝令役や、
細やかな戦術への運用、自在な足回りをとなると、
そこはやっぱり馬には敵わないと来て。
辛抱が肝要な持久戦から、一気呵成に攻め落とす戦法まで、
巧みな戦略を変幻自在に繰り出す天才軍師であったのみならず、
自身も戦さ場へ伸しては剣を振るった剣豪としても、
その名を轟かせた覇王陛下は、
自らもまた、馬を乗りこなす術に長けておわして。
長い蓬髪をたなびかせ、
大太刀の邪魔にならぬよう、
最低限の武具をまといし屈強な肢体を躍動させての、
それはそれは勇壮なその騎馬姿は。
凛々しくも精悍な横顔の、男臭さと威容とが、
荒涼にして漠とした砂の丘にも、
まったく引けをとらぬその重厚な存在感が素晴らしく。
敵陣営の武将らまでもが、
声を無くして息を呑み、ただただ見惚れたほどだとか。
相手が立場も状況も忘れて見ほれたのどうのという下りは、
さすがにご自分で紡がれた訳ではないのだろうが、

 「…そのような話を、寝物語につい披露してしまったのは、
  確かに儂からだったのでな。」

あれがまた、冒険話や活劇譚を殊の外に好む性分なものだから。
紅の双眸輝かせ、幼子がおとぎ話をわくわくと聞き入るかのよに、
掻い込んだ懐ろからこちらのお顔をじいと見上げて来ての、
それは熱心に聞き入ってくれるのが、
そこはそれ、こちらにもなかなかに心地のいいこと。
よって、ついつい大人げなくも、
様々な丘やら崖やら、どんな難所も苦とせずに、
騎馬にて単身、駆け登ったの制覇したのと、
自慢半分、語って聞かせたのが数日ほど前。
凄惨なばかりな殺し合いだの、
巧妙狡猾な腹芸合戦、
素直に飲み下し辛かろう駆け引きの話は一切交えずの。
いかようにして難攻不落とされていた砦を落としたかとか、
生え抜きの駿馬を率いて構成した騎馬部隊により、
敵陣営を取り囲んだ仕儀の素早さとか。
風に乗っているかのような、それは爽快な騎乗の妙技の数々を、
せがまれねだられるまま、あれこれと語ったその時は、

  ―― 相変わらず、お転婆な姫だのと

美しい花々や宝玉に貴鉱石、
金銀細工の装飾品や目の覚めるような絹の衣紋などという、
およそ婦女子が好みそうな 綺羅らかなあれこれからは、
ずんと掛け離れた埃っぽいばかりな話だというに。
年端もゆかぬ幼い和子が、
贅を尽くした御馳走や飴細工のお話でも聞いているかの如くに、
うっとりと瞳を潤ませ、頬や口許ほころばせ。
それでどうなったのかと
こちらの胸元揺すって続きを急かしたり、
ところどこでは“うんうん”と、
同意を示しての何度も頷いて見せるほど、
熱心に聞いていてくれたものだから。
まだまだ幼き部分の多かりしな姫、
男勝りな部分がまた、却ってかあいらしいことよと、
そんな程度の感慨しか招かなかったそれが。

 「まさかに…自分も愛馬を駆って、
  巧みな騎馬術、もっと磨きたいなぞと言い出そうとはの。」

 「ほんに。」

意外性の塊、
尋常という定規の当てはめられぬ姫なのは、
相変わらずでございますなと。
そういう意味合いからの“ほんに”という同意かと思えば、

 「我らが覇王様は相変わらず、
  ご自身が抱える妃らの気性、ようよう把握し切っておられぬご様子。」

油断にも程があります、ほんに困ったことよ…と。
そのように辛辣な言いよう、畏れもなく口にする正后であるのへと。
おやと微かに眸を見張り、
こうまで間近にも思わぬ伏兵ありや?と思われたか、
だがだが、そのまま“参ったな”と破顔なさってしまわれる、
鷹揚な覇王陛下なのもまた常のこと。
愉快愉快と含み笑いを零されて、
るびいの果実酒で満たした小ぶりな金杯、
口許へと運ぶと、苦笑を湿した覇王様。

 「これはしたり。后もあれの味方であったか。」

とうに陽は落ちている宵の口。
土地柄から震えがくるほどの寒さではないけれど、
それでも昼間ほどの温みは去った夜陰を、
卓の上や桟に置かれた火皿に灯された黄昏色の明かりたちが、
健気にも押し返しているのが、人心地つける暖かさでもあり。
淡い灯火を滲ませて、くすんだ燦めきを光らせる、
彫金細工や飾り鎖の下がった天蓋も豪奢ならば。
東洋から取り寄せた真綿を詰めた敷物やら、
羊毛と絹とを織り交ぜた、肌触りのいい敷布やら。
贅沢なことには幾重にも、敷き詰められた広々とした寝台の上。
少々自堕落にもしどけなく、
横座り…というよりも、添い寝の手前という寄り添い合いか。
長々と足元まであるカンドーラ、それはゆったりまとっていても、
その隆とした重々しさは隠し切れない、雄々しき御身なさりし覇王様。
獅子のように長々と四肢延ばし、
悠然と横たわっておいでの壮年の傍ら。
向かい合う格好にて、
こちらはそれは馨
(かぐわ)しくもなよやかな、
女神の如くに嫋やかな肢体、
ふわりと寄り添わせておいでの、第一夫人、シチロージであり。
片側の肘を支えにし、身を起こしていたカンベエが、
愛妻の類い希なる麗しき風貌、
お顔は元より、なだらかな肩や二の腕、
豊かで優美な側線を描く色白な総身の、匂い立つ色香ごと、
間近にてしみじみと眺めておれば、

 「それでのうても、
  あの紅蓮はなかなかの名馬だと聞いておりますれば。」

夫からのそんな不躾な視線なぞ物ともせず。
いやさ、むしろ“人の話を聞いておられまするか?”と、
深色の眼差しを見据え返すほどの威容返しさえ示しての、
第三王妃が構えた駄々を後押しするよな言いようをする強腰と来たら、

 “後宮が安泰なのは助かるが…。”

行動力はあっても口が追いつかぬあの姫に、
カンベエさえ言い負かす、これほど心強い後見がついた日にゃ。
鬼に金棒なのではなかろかと、肩をすくめるしかない覇王様だが、

 「馬の扱いも相当に見事なのは判っておるのだがな。」

それでもと浮かぬお顔になるところ、
怪我でもせぬかと案じているのか、
はたまた、ますますあの利かん気が尖ってしまいはせぬかと、
姫の武勇伝が徒に増えること、恐れてでもいるものか。
だとすれば、案外と常識人であったものかと思いきや、

 「あの颯爽とした美貌が人目に多く触れるとなれば、
  どこの若造首長が身をわきまえもせずに見初めるやも知れぬ。」

 「………っ☆」

同じ金髪白面とはいえ、
それは清冽優雅な印象をたたえたシチロージとはずんと異なる趣きの、
苛烈にして華麗なその美貌。
意にそまぬ輿入れにより、憂いを覚えたことで深みを増しての、
それは艶麗な色香を日に日に増しつつある美姫であること、
どこぞの馬の骨へなぞ、噂という格好ででも届けたくはないと。

 “なんともまあ。”

大人げのないお言いようを間近に聞いて、
ポカンと呆れてしまったのも束の間のこと。

 「そうでございましょうとも。」

あの痩躯のどこにそんなバネがあるやら、
駿馬へヒラリと手際よく飛び乗った姿の、何とも凛々しかったことかと、
目の当たりにしたシノが、甘い吐息をつきつつのうっとり、
わたくしへも語ってくれましたことですしと。
青玻璃の目許を針のように細めての囁けば、

 「……やれ しもうた、
  女御の前での“女御褒め”は厳禁なのであったわな。」

キュウゾウとは姉妹のように仲もよいので油断した。
まさかにお前様までが、そういう狭量示すとは…と、
言外に含んでのお言いよう。
そちら様は苦笑にて、深色の目許を細めた沙漠の覇王様。
武骨なばかりの頼もしき手で、
既に束ねを解かれてあった王后の金絲、
愛おしげに掬うと、堅い指にてそろそろと梳いて。
許せとの意からの甘えを見せるを、苦笑で受け流しつつ、

 「しようのない御方だ。」

今度は嫣然と、甘い色香を滲ませた目許を細め、
ふふと微笑ったシチロージだったが、

 「この後宮での騎乗なら、殿御の目には留まりますまい。」

宮殿の外れ、広々とした放牧場で駆けたいというのなら、
人払いを徹底なさればいいだけのこと。そう、

 「私も久方ぶりにクリスタを構ってやりとうなりましたし。」
 「……おお。」

そういえばとカンベエが眸を丸くしたのは、
こちらの第一夫人もまた、
駿馬の扱いは見事なこと、うっかりと失念していたからで。
生国の産であるという純白の毛並みした牝馬を、
その血統を絶やさぬようにと、こちらの厩舎にても育てておいで。
ぬかった、別なじゃじゃ馬をまで目覚めさせてしもうたかと、
結果、薮蛇になってしまったお喋りへ、
やや強引な終止符打つかのようにして。
愛しき美姫の妖冶な肢体を引き寄せると、
冬の夜風を忘れさせんとの接吻を、そおと贈っての あとは朧に……。






  〜Fine〜  11.01.22.


  *砂漠と言えば馬とラクダですが、
   これを調べようとしたらまあ、
   なかなか知りたいことへ近づけなくて。
   結果、自分の要領の悪さに腹が立つという、いつもの様相に。
(苦笑)

   本文にもちらりと触れましたが、
   砂漠といえばの適応を思えば、ラクダが不可欠な存在で。
   移動用のみならず、戦争にも騎馬として用いた記録は多々ありますが、
   実は結構 気が荒いため、熟練した者にしか扱いづらい難物。
   行動域の定まった現場にて、
   人の指示にようよう従うという意味合いからは、
   やはり馬の方が勝手は良かったらしいです。
   そんな中でも遊牧民ペドウィンたちが改良を重ねたのがアラブ馬。
   その飼育の起源は紀元前4000年からというほどに歴史も古く、
   砂漠の拡大により最初の生国が定住不可能と化してもなお、
   脈々とその血統をつないでの、
   後の歴史に残るよな良馬を改良してったそうです。

  *追記
   砂幻様のサイト “蜻蛉” サマで、
    続編をUPして頂いておりますvv
    救済帳のコーナーへ GO!

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